自分という人間と居場所

かながわ駅伝中止から一夜。ちょっと自分の今の正気な心境を書いてみたい。昨夜はやはり自分のコミュニケーション能力の低さを改めて実感。薬を飲んでいるから酒が飲めないという事情もありますが、なんであんなに気後れして黙り込んでしまうんでしょう。もちろん、あの茅ヶ崎市チームのかながわ駅伝に対する本気度に触れる機会はとても楽しくて、何歳になっても馬鹿な大人たちが集まって優勝に思いを馳せる時間はなかなかない。その場にいられるだけでも嬉しいことは嬉しい。

でもその中に自分で入り込んで行こうとしないんです。どこかでブレーキをかけてしまっています。たかが雑談の中なのに、こんなことを言っていいのかな?と考えてしまうことが多々あります。時々、ここにいていいのかな、とも思います。

こんな風に考えること自体がおかしいというのは分かっています。皆さん一人一人はとても温かいのに、私は未だに馴染めないままでいる。馴染めていないというか、自分を出せていないというか…。自分はいったい何をしている人間なのか。自分の居場所って何だろうか、等等。陸上が私の場所なのかといったら、最近はそんなことはないような気がする。それほど空虚な感覚がすることが、最近は多い。そしてその感覚が昨日はより強かったです。

この一連の思考が、私の病気でもあるし、よくわかりませんが、治さなきゃいけないところかもしれません。昨日の慰労会の1次会の終わりに、集合写真を撮りました。でも、それすら、もはや自分の仕事ではないような気もしてきました。なんで楽しいはずの時間でこんな複雑な心境にならなきゃならんのだろう。どこ行ってもそうだ。

※本件はコメントいただいても、返答できない可能性が高いです。自分でも自分のことが分かっていないので。



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