かながわ駅伝

昨日は夜遅く帰ってきて力尽きたため書けませんでしたが、市町村対抗のかながわ駅伝が行われました。私は前述の通り、アンカー(7区)選手の付添です。茅ヶ崎市チームの結果は8位。アンカーにタスキがわたった時点では2位に2秒差の3位でした。アンカーの選手が風邪をひき、体調があまり良くなかったようで、去年よりもかなり遅いタイムとなってしまったため、順位を落としましたが、チーム戦だからこういうこともあります。

今回アンカーを走ったY山さんは、私の1つ年下。学生時代に箱根を走り、今は社会人として走っています。茅ヶ崎市に籍を置くようになったのは2年前。ほかのスタッフ、メンバーに比べて日は浅いにもかかわらず、高校生がコースの試走をする際に、先生方が都合が悪い中、わざわざ車を出してくれたり、高校生の相談役になったり、色々と貢献してくれているのです。茅ヶ崎市のカラーに完全に染まっていると言えるでしょう。その姿をみんな知っているから、彼を非難する者は誰もいません。Y山さんは私を付添に指名してくれました。たかが付添ですが、Y山さんは私との組み合わせを「ゴールデコンビ」と言ってくださっています。体調が悪いということは、前日の段階で私も聞いていました。でもK持先生やK西さんに連絡はできませんでした。チームとしては私の認識は間違っているかもしれません。でも、Y山さんの走りたい意思を尊重しました。

茅ヶ崎市のチームスローガンは今年も「チームワークの茅ヶ崎!」。K持先生、K西さんをはじめとするスタッフが、1年かけて、茅ヶ崎市の長距離界にこの駅伝があることを意識させることから始めています。試合後の慰労会でも言っていましたが、先生が直接指導するということはありません。選手はそれぞれのチームでの指導方針があるため、あれこれいじるわけにはいきません。でも、こうした駅伝があるいざという時に、みんなが集まってくれる、その体制作りが大事なんだということです。K持先生が教育者としての意見も少し言っていましたが、

「毎年1回こうして俺の教え子なんかが走るわけじゃん。そしてそいつらがろくでもない走りをして、俺に『ふざけんな、バカ野郎!』って言われる。そういうのが大事なわけよ。」

と。帰りのバスの中、慰労会、K持先生は監督として、こうも言っていました。

「来年も勝負、再来年も勝負。毎年勝つつもりでやってないと、やってらんない。」

私は上記が示すように、勝負事に関しては本当に甘っちょろい人間です。写真を撮って思い出に残すことしかできません。ですが、年々、日藤や浜須賀もそうですが、こうしてかながわ駅伝に参加することで、勝ちにいく姿勢の大事さ、尊さをわかってきたような気がします。茅ヶ崎は高校生が多く、若いチームです。また来年、大学生になった彼ら含めて、社会人選手、中学生、女の子、一丸となって勝ちに行く姿勢を作る。そのお手伝いができたらいいなと思います。


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