恋愛について

私の最も苦手とする人づきあい。まして女性と付き合うなど、考えられもしません。私は女性の誰とも交際したことがありません。理由は明確、自分のことが嫌いだからです。わけわからんと思う方も多いと思いますが、自分を嫌いな人間が、他人を好きになれるわけがないし、また好かれることを受け入れることもできるわけがないのです。

あともう一点、決定的なのが、私にとっては恋愛=結婚=家庭だからというのもあります。前述の通り、私は卑屈な人生を送ってきました。親の顔色をうかがいながらびくびくしながら生きてきました。10代の頃はまだ「将来こんな親にはならない。」と思っていましたが、やがて私は自分が親の持つ凶暴性を受け継いでいる、遺伝の恐ろしさを思い知ることになります。子供のころから私自身もクラスメイトから短気、凶暴、という評価を受け続けてきました。最初は否定していましたが、徐々に、認めざるを得なくなります。そしてそれを認めてからと言うもの、どんどんと鬱になり、落ち込みました。

私は前述の通り、罵声を浴び、平手打ちを食らいながら生きてきました。軽い虐待と言ってもいいと思います。言葉による精神的な揺さぶりもひどかった。ですが、私も同じ遺伝子を持っているのです。私も立場の弱いものを虐待して生きてきました。対象は飼っていた犬や猫です。犬の身体を何十回も蹴ったり、猫を2階からたたき落としたりしていました。なんてことをしてしまったんだろうとは思いますが、一度沸点に達すると、もうどうしようもなかったです。抑えられませんでした。犬のおびえた表情、猫の恨めしそうな顔は、今でも脳裏に焼き付いていて離れません。

これは推測ですが、もし親しい女性の方ができたら、私はきっと自分がされたことと同じことをするでしょう。まして結婚して子どもなんかできたらなおさらです。私は自分のことが嫌いだから、自分の子どもなんか見たくありません。手を上げてからでは遅いのです。そう考えると、女性の方と付き合うなんて選択肢は到底持ち得ませんでした。考えるたびにどんどん自分が嫌いになっていきます。

これまでの人生の中で、女性に気持ちを告白したことは2回だけあります。告白したら、何か自分の中で価値観が変わるかもしれない、そう思ってのことでした。でも実際はむなしいだけでした。告白した相手には既にお付き合いしている人がいたからというのもありますが、実際に好きだと言ったからとて、何も変わりませんでした。ただばかばかしかったことだけ覚えています。

若い時はこのまま独身でいいのかなと思うこともありました。でも30歳を超えたあたりから少しずつどうでもよくなってきています。20代で鬱がひどい時は、実際に好きな人がいないという時期もありました。人間としておかしいかもしれませんが、実際そうでした。今もいい人だなと思う人はいても、だから声をかけるとか、そういうことはできません。強烈にブレーキをかけます。ま、私のような人間は一人で野垂れ死ねばいいと思っています。ちなみに上述の犬と猫はもう死んでしまいました。私も早く死んで犬と猫に謝りに行きたいです。


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