A.C.ちがさき

私の最大の失敗作です。このA.C.ちがさき。何かと言うと、陸上競技のクラブチームです。私は大学生の頃からいつかは自分で陸上競技のクラブチームを作りたいと思っていました。ですが、結局は鬱が邪魔をして何をやるにも中途半端なところが出てしまい、2002年に一度立ち上げてみたものの、ほどなく心身の状態を崩してつぶれてしまいました。当時集まっていただいた皆さんには本当に申し訳ないことをしたと思います。

なぜクラブチームを作ろうと思ったか。それは大学生の時になかなか卒論のテーマが決まらず、また将来の目標も何も見えなかった時に出会った鹿児島のOさんのサイトがきっかけでした。Oさんは元実業団選手。が、会社の陸上部の休部に伴い、同社を退社、景気に左右されない、それでいて誰もが気軽にスポーツを楽しめるクラブを作りたい、という理念の下、鹿児島県でクラブチームを立ち上げました。現在はNPO法人として活動していて、会員数が約700人と、とても大きなクラブになっています。私が学生の頃にクラブを立ち上げていて、その頃のOさんがホームページで書いていた日記を、毎日食い入るように見ていました。

憂鬱な学生生活を送っていた中で、一筋の光を見た気分でした。「これだ!」、そう思いました。それ以来、自分の中でスポーツに対する価値観、見方がどんどん変化していきました。今まで自分が当たり前のようにやってきた部活でのスポーツ。でもスポーツができる現場、出来ない現場、色々と事情はあるわけで、決してそれが当り前ではないということに気づきました。もっとスポーツを身近に、気軽に、誰もが始める、取り組むことができるのではないか。そう思いました。Oさんとは、Oさんが東京にいらした時に飲む機会もありましたし、私が鹿児島にも行きました。本当に刺激になったものです。

ただ、私ではクラブは作れませんでした。言い訳にしかなりませんが、何をやろうにも鬱が邪魔をします。最初の1年は必死に打ち消そうとしながらやってみました。でも駄目でした。茅ヶ崎と言う場所が府中から遠いというのもありますが、それ以上に私がぐらついていた。やりたいことはあったはずなんですが、頑張ろうにも頑張れない。頑張り方が分からない。結局投げだす形で1年ちょっとで活動は停止しました。情けなかったです。2015年に一度復活を試みるも、またしても鬱の症状が出てしまい、精神的に不安定になったことから見送りました。2002年も2015年も、賛同してくれる方は10人以上いました。何でも一人でため込んでしまわないよう、気を付けましたが、やはり言いだしっぺの発起人がこの有様では迷惑をかける。そう判断しました。陸上、クラブ作り、やりたいことはあったはず。それに向かって努力することすらできないのが何より悔しいです。今後、私が死ぬまでに人生をかけて出来ることは何かあるだろうか。


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