三者面談

これまでの私の人生を決定づける出来事。真っ先に思い起こされるのが中学3年生秋の三者面談です。私は茅ヶ崎北陵高校に進学したいと思っていました。理由は親を黙らせるため。

前述の通り、私は小さい頃から親、特に母親(母親なんて言葉すら使いたくないが)から、気分次第で罵声を浴びせられたり、ひっぱたかれたりしてきた。馬鹿、死ね、ゴミ、屑。中学生なってからは恐怖は感じなかったし、それらの言葉も毎日のように聞いていればショックはない。ですが、次第に屈辱を感じるようになっていました。黙らせるには学区トップ校に行く。歪んだ動機ですが、それが茅ヶ崎北陵高校を進学希望とした第一の理由です。

しかし、私が親から受けた影響は、肝心なところで引っ込み思案となってしまうところに現われていました。三者面談を前にして、成績は北陵に行けるかどうかギリギリのライン。今とは内申点の付け方、換算方法が異なりますが、中学2年の3学期に行う県下一斉のアチーブメントテストと学校の内申点の合計で各校の受験するかどうかを割り振る、それが当時の三者面談でした。私はアチーブメントテストの成績は北陵の基準を上回っていました。しかし内申点が8点足りないと言われていました。

面談当日。先生から予想通り内申点について言及され、2番手校の鶴嶺を受けるか、私立の鎌倉学園、日大藤沢のいずれかを勧められた。北陵を受けるなら湘南工大附属を併願すること。私はそこで勝負をかけられなかった。北陵を受験するとは言えなかった。はっきりとした2番手校には行きたくなかったので、鶴嶺ではなく日大藤沢を選択しました。

面談を終えて教室を出た瞬間から、私の中に空虚なものが去来するようになりました。家に帰った私は、自腹で買った県立高校の入試対策問題集を破り捨てた。苦手な数学を立て直すことを念頭に買ったものだった。三者面談を終えて、受験校を北陵に確定させて、入試までの残りの時間を必死に勉強するつもりだった。が、それももうすることはなかった。以来、私は勉強という勉強はしたことがない。日大藤沢の入試も数学は全く解けず、「浪人するのかな・・・」とすら思った。

なんでこんな学校に行くんだろうな……。そんなことばかり考えていました。


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